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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)7210号 判決

原告 全印刷局労働組合

被告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外四名

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対し一〇〇万円を支払え。

二、被告は大蔵省印刷局構内に左記文面の掲示をせよ。

大蔵省印刷局職員の職制規定の改廃に伴い、職員の賃金について変動を及ぼすとき、その職員が全印刷局労働組合に加入している者については、その規定の改廃について右労働組合と労働協約手続によるものとします。

従来、右手続によらなかつた点については深く陳謝します。

昭和  年  月  日

大蔵省印刷局長

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二、請求原因

一、原告は、大蔵省印刷局―公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)二条一項二号ハの企業―に勤務する職員(同条二項二号。但し、同法四条一項但書に該当する者を除く。以下単に「職員」という。)の殆ど全員をもつて組織する労働組合であつて、その規約をもつて中央執行委員長を代表者と定めるものである。

二、(一) 職員の賃金は、直接国の法律によつて定まるのではなく、企業の経営主体と職員との個別あるいは集団的合意によつて自主的に決定されるものであつて、労働基準法、労働組合法、ことに就業規則、労働協約に関する規定が原則としてこれに適用される。

すなわち、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(昭和二九年法律一四一号、以下「給与特例法」という。)によれば、職員の給与について当該企業の主務大臣又はその委任を受けた者(印刷局にあつては、同局長((以下「局長」という。)))が給与準則を定めることとなつているが(四条)、給与準則は労働基準法にいう就業規則に該当するから、当該企業に多数労働者をもつて労働組合が組織されているときは、右組合との団体交渉を経て制定されるべきものであり、この点に関して労働協約又は労使間の慣行があるときは、これに違反して制定することができず、これに抵触するものはその効力が否定される。

印刷局職員給与規程(昭和三三年訓令八号、以下「給与規程」という。)は右にいう給与準則である(同規程一条)。

(二) 原告は、公労法八条により組合員の賃金その他の労働条件に関し団体交渉、労働協約の締結をすることができるところ、局長との間に、労働協約として昭和三七年二月一六日「昭和三六年四月一日以降の給与体系に関する協約」(以下「本件協約」という。)を締結し、以後、右協約は、昭和三七年七月一九日、同年一二月二九日に一部合意改訂された。

右協約は、職員(組合員)全員を適用対象とし、(前文、二条二項)、職務の区分及びこれに対応する賃金(俸給)額を明定するものであつて、これによらないで賃金を受ける職員(組合員)は存在しない。すなわち、右協約は、殆ど全職員を組織している原告と使用者との間に、組合員は協約所定の職務及び賃金のもとにおいてのみ労働する旨を約したものというべく、換言すれば、局長は労働協約によらないで賃金を定めない旨の合意を包含している。

(三) そのうえ、次の事実に徴すれば、印刷局の労使間においては、賃金は労働協約によつてのみ定まるとの慣習が成立するに至つたものというべきである。

およそ当該企業に労働組合が存する場合、賃金その他の労働条件がすべて団体交渉を経て労働協約により定められるに至るのは自然の帰結であるところ、局長は、いずれも原告に諮ることなく、昭和三六年七月一日付で受注官、同年一二月一日付でサービスセンター主事、車庫主事、主査等、昭和三七年九月一日付で編集官の各職務を新設し、その給与上の格付、新職務への給与格付を含む発令を一方的に実施したので、原告はこれに抗議し、その団体交渉において、印刷局側交渉委員も直ちに非を認めて陳謝し、爾後かかる措置をとらないことを確約している。

また、公労法の適用を受ける他の企業の労使間においても、郵政省が全逓を法外組合としていた一時期を除いて、組合員の賃金改訂は、組織改訂に伴う給与格付の変更をも含めて例外なく、労働組合との合意を経て実施されている。

(四) 右協約ないし慣行の趣旨に従い労働協約によることを要する賃金改訂の範囲は、組織改訂職務新設に伴う当該職務の給与上の格付にも及ぶものと解すべきである。すなわち新職務の設定を含む組織改訂は(仮に組織改訂自体が管理運営事項に属するとしても)、新職務の給与上の格付を当然必要とするから、まさに、公労法八条一号にいう職員の「賃金その他の給与……に関する事項」として団体交渉、労働協約締結の対象となるものであり、前掲慣行をみても、かように取扱われている。

三、(一) 局長は、昭和三八年二月二二日団体交渉において、原告に対し組織改正に伴う本件協約の改訂を申入れたが、未だ原告との間に協約改訂の合意が成立しないにも拘らず、昭和三八年三月五日訓令七号(同月九日施行)をもつて、印刷局組織規程(昭和二四年訓令一号、以下「組織規程」という。)を一部改正し、職員の新職務として副調査主事、作業長、調査主事補、車庫長、主任運転手を新設し、右各職務につき給与上の等級を決定した上、これに職員(組合員)を指名発令した。

(二) 右(一)の措置(以下「本件措置」という。)は、既述のとおり、協約改訂の途を経ていない点において(新職務の格付が実際上妥当であるかどうか、現実に組合員の賃金減額となるかどうかを問わない。)本件協約及び前掲慣行に反し、違法無効のものである。

しかして、使用者が賃金に関する組合との労働協約を無視して組合員の賃金を一方的に改変することは、組合員に対する差別待遇であり、労働組合の団体交渉権の行使を制約し、その団結を弱めることとなるから(東京地裁昭和二五年一〇月一〇日決定。労民一巻五号64事件参照)、局長の本件措置は、労働組合法七条三号の不当労働行為、憲法二八条の保障する団結権の侵害であつて、被告はこれにより原告に生じた損害につき不法行為責任を免れない。

(三) なおその後、昭和三八年六月二八日に至り、本件措置のとおり新職務の給与格付を定める旨の本件協約改訂(四月一日に遡及適用)がなされたけれども、それによつて被告は既往の責任を免れるものではなく、原告は、右協約改訂の際、原告に対する右責任追及の権利を留保している。

四、(一) 原告は、昭和二一年四月印刷局従業員組合連合会として発足、同二二年四月単一組合となり、現在、総評、公労協に加盟し、印刷局職員七四〇〇名をもつて組織する労働組合であつて、発足以来、組合員の経済的地位の向上、官庁民主化、更に日本の民主主義、平和と独立のために奮斗した十数年の輝かしい歴史を有する。すなわち、単一組合結成直後当局と労働協約を締結し、間もなく官庁民主化を含む七項目の要求書を提出、翌二三年一月には官業として最初のゼネストを実施して官庁民主化要求の一部を実現、同年七月二一日のマツカーサー書簡による団交権の否認、団体行動権の侵奪に対してもハンスト、坐り込み、職場大会、休暇戦術等により斗争、昭和二七年ついに公労法改正を実現させて翌二八年一月から団体交渉権を回復、以後賃金要求、特に給与体系改正のために全力を傾注し、本件協約をかちとる等の実績をおさめてきたものであつて、原告の本件協約をめぐる斗争については、公労協八〇万の労働者もその帰すうに注目している。

(二) 原告の組合員は、本件措置により組合無視の屈辱を感じ、該当組合員らは自己の地位に不安を覚え、そのため原告は、組合員らの信頼を減殺され、団結力の弱化、組織分裂の危険をも予想すべき状態となり、労働界における名誉を失墜させられた。

(三) のみならず、労働協約締結権の侵害は、団体交渉権、ひいては労働者の団結権の侵害であり、労働者が長年にわたる不断の闘争によりかちとつたかような労働基本権に対する侵害は、それ自体で労働者ひいてはその団体たる労働組合に対する著しい名誉毀損ということができる。

(四) 法人も、名誉権侵害による精神的損害につき損害賠償請求権を取得する(最高裁昭和三九年一月二八日判決、民集一八巻一号一三六頁)。労働組合が客観的名誉主体であること自然人と何ら異なるところがなく、団結権は、労働者の権利であるとともに、その団体である労働組合の権利であるから、労働組合に対する名誉毀損は組合員に対するそれであり、組合員の被る精神的損害は組合自身のそれである。

(五) 以上、団結権の歴史的性格、原告組合の歴史、本件措置によつて原告および組合員のうけた名誉失墜と屈辱を考慮すれば、原告の蒙つた無形の損害は金銭に換算して一〇〇万円を下らず、また名誉回復のため適切な措置がとられなければならない。よつて請求趣旨の裁判を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求原因一の事実は認める。

同二(一)の事実中、給与特例法四条に基く給与準則として給与規程が定められていること、職員の給与に関する当局側の措置が労働協約に拘束されることは認めるが、単に右措置が慣行に反するというだけでは違法といえない。

同(二)の事実中、本件協約が労働協約によらないで職員の給与を定めない旨の合意を包含するとの点を否認し、その余は認める。当局側は本件協約にてい触しない限り、労働協約によらないで組合の給与に関する事項を定めることを妨げない。

同(三)の事実中、局長において原告主張のとおり職務の新設、給与上の格付、発令を実施し、右措置を予め原告に諮らなかつたことが団体交渉において問題となつたことは認め、他の企業に関する部分は不知、その余は否認する。仮に、新設職務の格付、発令に当り、それらの事項を予め労働協約に定めることがあつたとしても、その事実から直ちに原告主張のような趣旨の慣行の存在を肯定できない。

同(四)の事実は争う。

同三の事実は、(一)の事実及び(三)のうち本件協約が改正されたことを認め、その余は争う。

同四の事実は争う。

二、(一)1 印刷局においては、大蔵省設置法一六条八項、同省組織規程一条二項、五三条に基き組織規程をもつて組織の細目が規定されており、右規程の一部改正によつて原告主張(第二の三(一))のとおり五職務を新設したのであるが、当時職員の給与に関しては、給与規程に「俸給は、その職務の種類、困難性、責任の度及び技能の修熟度その他の勤務条件を考慮したものでなければならない」(四条)と規定し、具体的な俸給額については、指定職俸給表等一〇種の俸給表を定めて各表毎にそれぞれいくつかの等級、号俸に区分し、右等級の格付について「職員の職務は、その複雑、困難及び責任の度等に基づき、これを俸給表に定める職務の等級に分類するものとし、その分類の基準となるべき標準的な職務の内容は、等級別標準職務表(別表第一〇)に定めるところによる」(八条)と規定してあり、一方、本件協約にも、「職員の俸給は、その職務の種類、困難性、責任の度、技能の修熟度その他の勤務条件によつて定めるものとする」(一条)と定めるほか、給与規程同様の俸給表及び職務の格付けに関する規定を設けてあつた。

2 それで、印刷局では、前記のような従前の等級別標準職務表にない新職務の設定に伴い、その職務の給与上の格付が必要となつたので、まずこれに応ずる本件協約の改訂をしたいと考えて、昭和三八年二月二二日その旨を原告に提案したが、原告は、組織改正自体は管理運営事項として当局において一方的に実施できることを承認しながら、原告として組織改正に反対である以上、組織改正が実現する前に、それを前提とする給与上の措置に関して本件協約の改訂を検討することはできないと主張し、右提案に応じなかつた。

そこで、印刷局としては、止むを得ず、給与規程の本格的改正を行わないで、暫定的に組織規程改正の際に、給与規程の適用上は新設職種にある者は従来の給与規程に規定してある相当職務にある者とみなす旨を定めて給与上の措置を行い、その後本件協約の改訂(前記第二の三(三))をまつて、それにあわせて給与規程も改正した。

(二)1 一般に、法令や契約につき、その成立当時と異なる事態を生じその形式的文言に従つた適用ができない場合は、これを合理的に解釈適用すべきものであるところ、本件協約は、締結当時の印刷局の組織に則り職員の給与を定めているため、爾後組織の改変があつた場合には、その文言どおりの適用ができなくなるが、全職員の給与について網羅的に定める右協約の建前を維持する限り、改変された組織に応じてこれを合理的に解釈適用しなければならない。

2 本件協約においては、その適用を受ける職員の給与について各種の俸給表を設け、各俸給表につき等級、号俸を区分し、各俸給表及び俸給表上の等級の適用の基準については、一般的概括的でなしに具体的な職務内容と職種名を用いてこれを規定しているため、そこに掲げられていない職務内容と職種名に該当するものの取扱については具体的な規定を欠くこととなる。

そこで、本件協約に掲げられていない新職務新職種が設けられた場合についてみるのに全職員の給与を適用対象とする右協約の建前からすれば、職員は本件協約に定めるいずれかの俸給表の適用を受け、いずれかの等級に格付けされなければならず、他方、右協約は職員の給与をその職務の種類、困難性、責任の度等に応じて体系的に定めているのであるから、新職務新職種が設けられた場合には、協約上定めのある既存の職務職種に準じて給与額を決定するのが本件協約の趣旨に合致する正当な解釈取扱である。本件措置は右解釈に従つてなされたものであり、その実質的に妥当であることは、組織規程に定められた各職務の内容について見れば明らかであるのみならず、原告はこの点に関し昭和三八年三月二八日の団体交渉において、当局の提案そのものにはとくに問題となる点は余りないと思うと述べ、前述のとおり結局右提案どおりに本件協約が改訂された点からも明白である。

(三)1 仮に、本件協約の解釈として、新職務新職種につき既存の職務職種に準じて協約に定める俸給表の適用、等級の格付けを行うことが認められないとすれば、このような職務職種については本件協約に基く給与額の決定ができないことになるから、かえつてかような職務職種に関する給与額の決定は本件協約の対象外だと解せざるを得ず、それについてどのような給与額の決定を行つても本件労働協約には反しない、ということになる。

2 また、本件協約により、原告の同意なしに新職務についての給与上の格付ができないものとすれば、局側の専権に属し公労法第八条の管理運営事項である職務の新設、ひいては企業組織をいかに定めるかが実質上原告の意思に左右されることとなる。すなわち、新職務を設定しても、それにふさわしい給与上の格付ができなければ、その職務にふさわしい職員をこれに充て得ないこととなるから(他面、新職務に充当した職員に従前どおりの給与を支払うことも、協約に定める給与体系を乱し本件協約違反となろう。)、新職務の設定自体が無意味なものとなり、結局、職務の新設には原告の承諾を必要とする結果となる。かような事態は当局側が労働組合との合意に拘束されて企業運営に対する責務を放棄するに等しく、公労法八条に違反するものであるから、組合との間にかかる合意や慣行が存するはずもないし、たとえ存在したとしても、法律上無効である。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、(一)1 印刷局の内部組織、事務分掌、職制については、大蔵省設置法、同省組織規程(昭和二四年同省令三七号)に定めるほか、右法令の定めるところに従い、局長がこれを定めるものとされているところ、成立に争のない乙第一ないし三号証及び弁論の全趣旨によれば、局長は、訓令たる組織規程をもつてこれを定め、ことにその第四章職制の題下に職員(但し、幹部職員に限られる。)の官職を掲げ、各官職ごとに、その所属、定員、指揮監督系統、所掌事務の範囲を定めていることが認められる。

2 印刷局の職員の給与については、給与特例法四条において主務大臣(大蔵大臣)又はその委任を受けた者(同法施行令二条により局長)が給与準則を定めることとなつており、右準則として局長の制定した給与規程の存すること及び公労法八条所定の労働協約として原告と局長との間に締結された本件協約(締結及び改訂の時期は原告主張のとおり)が存し、これが職員(組合員)全員を適用対象とし、職務の区分に対応する俸給額を明定していることは当事者間に争がない。

したがつて、公労法三条、労働組合法一六条、労働基準法九二条によつて、職員の給与についての当局の措置が本件協約に反する場合、その効力が否定されることが明らかである。

3 原告組合が職員のほとんど全員を組織していることは当事者間に争がないから、全組合員が適用を受ける本件協約は、公労法三条、労働組合法一七条によつて、印刷局の各工場事業場に常時使用される同種労働者、したがつて職員全員に対し組合員たると否とを問わず、適用されるものといわなければならない。

(二)1 成立に争のない甲第一号証(但し、本件協約を記載した部分に限る。以下、右部分を単に「甲第一号証」という。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件協約は、「俸給の原則」と題して、「職員の俸給は、その職務の種類、困難性、責任の度、技能の修熟度その他勤務条件によつて定めるものとする。」(一条)と規定したうえ、指定職俸給表等九種の俸給表(別表第一ないし九)を定め、各職員にいずれの俸給表を適用するかについては、それぞれ当該俸給表備考に定める適用範囲の定めによることとし(二条)、さらに各俸給表ごとにそれぞれ若干の等級及び号俸を区分し、右等級の格付(分類)については、職員の職務の「困難性、責任の度、技能の修熟度その他の勤務条件」に基くものとし、その基準となるべき職務の内容は、等級別標準職務表(別表第一〇)に定めるものとし(三条)、そのうえ、各号俸ごとに俸給月額を具体的に定めるだけでなく、初任給の決定方法、昇給の基準要件についても詳細な規定を設けており、結局一定の職にある職員の俸給額については本件協約により具体的金額が定まる建前となつていることが認められる。

2 成立に争のない乙第四ないし六号証によれば、給与規程にも右述同旨の規定が設けられていることが認められる。

3 さらに、前掲甲第一号証、乙第一ないし六号証を対比検討すれば、本件協約の指定職俸給表備考(別表第一〇、同表の適用を受ける職員の範囲を定めたもの)及び等級別標準職務表は、等級分類の基礎となる職務を掲げるに際し、できる限り組織規程第四章職制掲記の官職名をもつてし、ことに職員中高位者すなわち、組織規程第四章職制掲記の官職にある者や、指定職俸給表及び一般職、技能職各俸給表の一等級に分類される者にあつては、組織規程掲記の官職の職務が右官職名をもつてこれに表示されていて、他の形式により表示されている事例のないことが認められ、右掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すれば、その余の職員にあつても、官職の区分がそのまま等級別標準職務表に掲げられており、ただ一部に一つの官職中「相当の技能と経験」の要否等の別によつてはじめてその等級が決定される場合が存するに止まることが認められる。これを要するに、職員の大多数(組織規程掲記の幹部職員にあつてはその全員)は、官職が定まれば、直ちに、その適用されるべき俸給表、等級の分類が定まり、ひいては、具体的な俸給月額が定まる建前となつているものということができる。

4 以上の事実によれば、本件協約中において等級別標準職務表に掲記する実在の官職名は、単に給与の等級に見合う相当職務の内容を例示的に掲げたという以上の意味を有し、ことに右職務表に掲記された官職に該当しない者を指定職俸給表や一般職、技能職各俸給表一等級に格付することは、前記協約一条、三条等の根拠をもつてしても、許されないところと解するのが相当である。

(三) 前掲甲第一号証、乙第一ないし六号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件協約において規定する職務の分類は専ら締結ないし改訂当時に現存する官職を基準としたものであるが、右分類に掲記されていない官職が新設された場合の措置についてはなんら規定するところがないことが明らかであるところ、かような場合における本件協約の解釈については、協約締結の経緯、従前の労使慣行、さらに協約の全趣旨、労働法規の建前等諸般の事情を参酌して妥当な結論を見出すほかはなく、以下右の見地から考察を進める。

(四)1 公労法八条は団体交渉、労働協約の対象事項としてまず、「賃金」を掲げているところ、本件協約は、その表題に「給与体系に関する協約」と謳い、前述したその規定の内容・形式(上記(二))からみても、職務に応じて支給される職員の俸給額の協定を主旨とするものであつて、右協約により職員(組合員)の従事すべき職務の種類や内容を取り決めた趣旨ではないと解される。

2 成立に争のない甲第二号証、横手、浜田の各証言、弁論の全趣旨を総合すれば、原告組合は、かねてから、組合員の給与は労使の合意によつてのみ定まるべきものと考え、その実現に努力を傾注した末本件協約の締結に至つたものであつて、全組合員の給与は本件協約によつて具体的に定まり、その改訂によらない限り給与の決定方法は変更されないものと了解してきたことが認められ、一方、成立に争のない乙第七号証の三、四、横手証言、弁論の全趣旨を総合すれば、当局においては、組織規程の改正、官職の新設自体は公労法八条の管理運営事項すなわち局長の専権事項と終始考えてきたことが認められる。

3 さらに、前掲甲第一号証、乙第四号証、小林証言、弁論の全趣旨を総合すれば、本件協約の成立後、組織規程の改正により受注官、サービスセンター主事、車庫主事、主査、編集官等の新官職が累次設けられたところ、その都度本件協約を一部改正して、新官職をその等級別標準職務表に明記し、その等級格付を協約上明らかにしてきたことが認められる。

もつとも、右事実をもつて原告が主張するように、印刷局において賃金はすべて労働協約のみによつて定めるとの労働慣習が成立したものと認めるに足りないし、他に右のような慣習の存在を肯認できる証拠はない。

(五)1 原告は、本件協約は、組合員が本件協約所定の職務(及び賃金)のもとにおいてのみ労働する旨の合意をも包含すると主張するところ、本件協約の適用が全職員に及ぶこと前述((一)3)のとおりであるから、右主張は結局原告の同意なしには新官職を設定することができない趣旨に帰着し、かような解釈が上記(四)1に判示した本件協約の趣旨を逸脱するものであることは明らかであるから、右主張は採用できない。

2 一方被告は、本件協約の等級別標準職務表に掲記されていない官職の給与格付については右協約に拘束されないと主張するけれども、本件協約が全職員の給与体系を協定確立したものである趣旨に徴すれば、単に右職務表に掲記がないとの形式的理由だけで新官職の無制限な給与格付を認めることは実質的に本件協約を空文化するに等しく、協約の解釈として採用の限りでない。

(六) 以上判示したところを考え合わせた上、当裁判所は、新官職の給与格付に対する本件協約の拘束力について、次のとおり考える。

局長は、本来、印刷局の業務の管理運営の必要に応じ、その組織、職制を定める権限を有し(大蔵省設置法一六条八項、同省組織規程一条二項、五三条)、右権限に基き組織規程を改正して官職を新設し、職員をこれに任命すること自体については、本件協約に制約されるものと解釈すべき根拠はない。しかし、新官職の俸給表等級への格付については、全く無拘束ではなく、ある限度の制約を免れないものと解する。すなわち、新官職を設定しても、これに対する給与の格付ができない限りこれに職員を任命することもできず、もし給与の格付について常に協約の改訂を要するものとすれば、当局側に留保された新官職設定の権能は原告組合の意思に左右されて殆ど無意味に帰し、上述した本件協約の趣意を逸脱することになることは被告の説くとおりであるから、当局が業務の管理運営の実際上の必要に基き官職を新設した場合における右官職への給与の格付は、本件協約一条に定める給与格付の原則(前掲(二)1)に従い、等級別標準職務表に掲げられている職務に準じて決定すべきものとされるほか、右協約の拘束を受けないものと解するを妨げない。しかしながら、さきにみたとおり本件協約は当局と原告組合との間に全職員の給与体系を合意確定した趣旨のものであるから、単に職員の給与に格差を加えるためにする新官職への給与の格付をも当局の自由に放任されたものと解するならば、本件協約の実質的意義は殆んど失われる結果となろう。公労法第八条の律意も右のような実質的組織変更を伴わない給与の変動に関する事項まで労働協約の対象外としたものとはとうてい考えられないから、本件新官職への給与格付の実体が単に職員の給与上の待遇に格差を設けることを主旨としたものである場合には、その限りにおいて本件協約にてい触し、許されないものと解するのが相当である。

二、(一) 局長が本件協約の改訂につき原告との間に合意が成立しないのに拘らず、昭和三八年三月五日訓令七号をもつて組織規程を一部改正(同月九日施行)し、職員の官職として、副調査主事、作業長、調査主事補、車庫長、主任運転手を新設し、右各官職につき給与上の等級を決定したうえ、これに職員(組合員)を指名発令したこと(本件措置)は、当事者間に争がなく、前掲甲第一号証、乙第二、四号証、弁論の全趣旨によれば、右訓令附則三項には別に定める日までの間給与規程の適用に関しては、副調査主事は副掛長、作業長・調査主事補は主任、車庫長・主任運転手は「車庫主事を置かない機関において数名の自動車運転手を直接指揮監督して配車等の業務を行なう官職」(以下「運転手監督職」という。)とみなす旨を定め、本件協約及び給与規程(当時)の各等級別標準職務表には、副掛長を指定職五等級、主任を一般職、技能職(及び庁務職)一等級、運転手監督職を技能職一等級に掲げており、右各新官職に対する職員の任命発令は右等級格付に従つてなされたことが認められる。

(二) 前掲乙第一、二、四号証、いずれも成立に争のない乙第八号証の二ないし八、第九号証の一ないし四、鈴木、横手の各証言によれば、本件措置により、新設、給与格付された官職の職務内容等の実体は、次のとおりのものであつたことが認められる。

1  〔副調査主事・調査主事補〕組織規程上、副調査主事(定員九名)は工場の掛(その一部)に置かれ、「上司の命を受けて、高度の技術を必要とする業務に従事する」(二四六条)と定められ、調査主事補(定員四一名)も工場の掛(その一部)に置かれ、「上司の命を受けて、特殊の技術を必要とする業務に従事する」(二五五条の三)と定められているが、いずれもそれ以上に具体的な職務内容は明らかでなく、それぞれ従来の副掛長、主任の職務に類似するものとも認められない。右両官職新設の目的について当局が原告組合に説明したところによれば、いずれもいわゆる優遇官職であつて、高度の技術や専門知識を要する職務に従事しながら、職務の特殊性、能率等の点から他職務との交流が困難なため昇任の機会が乏しい職員につき現職に従事したままで昇任の機会を与えることを主眼として新設したものであることが明らかである。

2  〔作業長〕組織規程上、作業長は工場の各掛の作業区分に置かれ、「掛長又は副掛長の命を受けて作業員を指導し作業に従事する」(二五五条の二)と定められ、その地位、職務内容は従前工場の各掛の作業及び分業ごとに置かれていた主任のそれに対応類似し、工場現場部門における作業単位(人員構成)一元化のための業務上の必要から従来の主任に代えて新設されたものである。

3  〔車庫長〕組織規程上、車庫長は、工場の庶務掛(車庫主事を置かない機関)に各一人置かれ、「庶務主任の命を受けて、自動車運転手を指揮し、自動車の運転等の業務に従事する」(二五四条の二)と定められているが、右職務の内容は、従前から給与規程の等級別標準職務表に掲げられていた運転手監督職のそれと全く異なるところがない。

4  〔主任運転手〕組織規程上、主任運転手は本局総務部総務課庶務掛及び一部工場の庶務掛(いずれも車庫主事又は車庫長を置く機関)に置かれ(合計定員四人)、「車庫主事又は車庫長を助け、その命を受けて自動車の運転等の業務に従事する」(二五四条の三)と定められているが、右職務内容は、当時給与規程の等級別標準職務表に運転手監督職として掲げられたものよりも、むしろ技能職二等級「相当の技能と経験を必要とする自動車運転手の職務」に類似するものと認められる。

5  なお、当時本件協約にも給与規程と同旨の定めがあつたことは、弁論の全趣旨から明らかである。

(三) 右にみた本件措置における官職新設、給与格付の実体を前判示(一(六))の本件協約の趣旨に照らして、協約違反の有無を考えると、その結論は次のとおりである。

1  副調査主事・調査主事補の給与格付、発令は、局の組織上における実質的な変更を伴うことなしに、職員の給与額に新たな格差を設けたことに帰着し、給与体系のみを一方的に改変した点において本件協約にてい触する。

2  作業長の給与格付、発令は、局の管理運営上必要な組織変更に基くものであり、その給与の格付も相当であるから、本件協約にてい触しない。

3  車庫長の給与格付、発令は、既に本件協約等級別標準職務表に掲記された職務に官職として組織規程上の名称を付与したにとどまり、給与上の新措置としての実質的意味を有するものではないから、本件協約にてい触しない。

4  主任運転手の給与格付、発令は、その職務内容が従前のいずれにも該当しない新設のものである点において((二)4に述べた給与格付との関係で多少優遇官職的な嫌はあるにせよ)、本件協約にてい触するものとは断じ難い。

三、(一) 以上に述べたとおり、本件措置のうち、局長が原告との合意が成立しないのに副調査主事、調査主事補につき給与上の等級を決定し、これに職員(組合員)を指名発令した点は、本件協約にてい触する違法の措置といわなければならない。

(二) 右給与格付の決定、発令に至る経緯については、

1  局長が昭和三八年二月二二日団体交渉において、原告に対し組織改正に伴う本件協約の改訂を申入れ、同年三月五日組織規程を一部改正(同月九日施行)して、副調査主事、調査主事補、作業長等の官職を新設したうえ、別に定める日までの間給与規程の適用に関しては、これら新設官職を既存の一定の官職とみなす旨定め、これに基いて新設官職に職員を発令したことは、すでに述べたところである。

2  鈴木、小林、横手、浜田の証言、前出乙第七号証の三、第八号証の二ないし八、第九号証の一ないし四、いずれも成立に争のない乙第七号証の一、二、第八号証の一、第九号証の五を総合すれば、印刷局当局側は、原告との間に、昭和三七年六月以降数回の話し合いを重ね、その際、原告に対し、工場現場部門の作業単位の一元化、これに必要な作業長の新設その他の組織改正及びこの組織改正と同時に副調査主事、調査主事補を含む優遇官職の新設等の構想をかなり具体的な細目に至るまで提示して、原告の意見を徴してきたが、昭和三八年三月四日の話し合いにおいて、右構想をめぐる労使双方の主張の対立点が明確になつたとしてこれに関する話し合いを合意終了したこと、一方、当局側は同年二月二二日の団体交渉において右新設官職の給与格付のため本件協約改訂を提案し、同年三月二日の団体交渉において原告から組織改正の問題が確定してから討議したいとの回答があつたので、さらに同月六日の団体交渉において、新設官職への職員任命発令は当局の権限として予定どおり三月九日に実施する旨の態度を明らかにしたうえ、なお、右発令実施前に本件協約の改訂(前掲組織規程による暫定的給与格付措置の当否)につき協議して結論を得たいと強く要望したのに拘らず、原告において右組織改正に基本的に反対であるからその実施後でなければ格付についての意見を述べることができないとの態度を固持したため、そのまま右発令に至つたこと、右話し合い及び団体交渉における主たる争点は作業単位一元化の採否にあり、原告側は終始当局の右構想を労務管理の強化を志向するものとして強く反対したが、新官職の格付についてはさほどの関心を示さず、むしろ新官職への昇格者の選考に当局側の恣意の入る余地のないようと努めていたこと、新官職への給与格付、発令が本件協約にてい触するとの点については、三月六日の団体交渉において単に労働基本権の侵害であるとの理由から言及しているほか、原告において強くこれを主張した形跡のないことが認められる。

(三) 以上に述べた事実によれば、当局側は、前掲二官職の給与格付及び発令が本件協約にてい触しないものと考えてきたことが明らかであつて、結局被告は右の点につき本件協約の解釈を誤つたに帰するところ、次に述べる点を考慮すれば、被告に対し原告主張のような不法行為責任を問うことは相当でない。

1  新官職設置の場合における給与の格付、発令に関する措置については、本件協約に明文の規定がなく、従来この点について双方の間に紛議を生じたこともなかつた。しかも、当局側は、組織改正及びこれに伴う給与改訂の全般につき夙にその見解を明らかにして原告の意見を徴し協約改訂についての団体交渉を求めてきたのであるが、組合は協約改訂について実質的な交渉を拒否し、右給与の格付、発令が本件協約に違反する理由については的確な主張もしなかつた。かような事情のもとに、原告が上記措置の一部につき結果において微妙な協約の解釈を誤つたとしても、その点を当局側の過失としてその責任を問うことは酷である。

2  新設の上記二官職がいわゆる優遇官職であつて、右官職の給与格付、発令により組合員に給与上の不利益を与えるものではなかつたし、その後間もなく当局側の措置どおりに本件協約が改訂されたことは原告の自認するところである。右事実からすれば、当局側の右措置によつて原告にその主張のような損害は殆んど生じなかつたものと推認されるし、仮にその主張のような損害が生じたとしても、当局側の前記程度の協約違背の事実から通常生じ得べき損害の範囲には属せず、当局側において当時これを予見し得たとする特別事情についてこれを認められる証拠もない。

四、よつて、原告の請求は、その余の点を論ずるまでもなく失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 高山晨 田中康久)

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